2017年09月12日 12:28
のいまいまし


わたしは確かにこの光景を目にし、心の耳でもって、これに付随する冒涜《ぼうとく》的な邪悪の巣窟に鳴り響く不協和音を聞いた。あの死にたえた都市がわたしの心にかきたてた恐怖すべての慄然たる完成であり、わたしは神経がまいってしまい、まわりで壁が揺れるなか、沈黙していなければならないことも忘れはて、悲鳴に悲鳴をあげつづけた。
 するうち閃光《せんこう》が消え、わたしのそばで男も震えているのが見えた。わたしの悲鳴に激怒してひどく歪めていた表情を、凄まじい恐怖が半ばかき消していた。男がよろめき、わたしがまえにしたようにカーテンをつかむや、狩りたてられる動物のように激しく頭をふった。それも当然であって、わたしの悲鳴が消えるとともに、感情が麻痺していればこそ正気と意識を保てたような、恐ろしくも慄然たる別の音が聞こえてきたのだった。施錠されたドアの向こうで、着実にひっそりと階段がきしむ音がして、裸足か生皮を足に巻いた者が大勢登ってくるようだった。そして弱よわしい蝋燭の灯りのなかで輝く真鍮の掛金を、用心深く決然とまさぐる音がした。老いた男は黄色いカーテンをつかんで身を揺らしながら、黴臭い室内でわたしをつかもうと手を伸ばし、唾を吐きかけ、喉にかかった声で叫びたてた。
「満月だ……おのれ……吠えたてる犬のようなおまえが……あいつらを呼びだして、あいつらがわたしのもとにやってきた。鹿皮の靴をはいている……死人だ……くそっ、赤い悪魔め。しかしわたしはおまえたちのラムに毒をもらなかったぞ……おまえたちい魔術を安全に保ってやっていたではないか……おまえたちが暴飲して病んだのではないか。呪われよ。それを地主のせいだというのか……立ち去れ、おまえたち。掛金から手をはなせ……ここには何もない……」
 このときごく慎重にゆっくりと三回たたかれて、ドアの鏡板が揺れ、逆上した魔術師の口に白い泡があらわれた。老人の恐怖が冷酷な絶望になりかわりつつあったが、それでもわたしに対する怒りをよみがえらせる余地があり、わたしが体を支えようとして端をつかんでいるテーブルのほうに一歩足を進めた。そして左手を伸ばしたとき、なおも右手でつかんでいるカーテンがはりつめて、ついに優雅な留金具からはずれ、空を明るくさせていたあの満月の光が部屋に射し入った。あの緑がかった光のなかで、蝋燭の明かりもかすみ、黴臭さのこもる部屋じゅうに新たな腐朽のありさまがあらわれて、虫に食われた鏡板、たわんだ床、毀《こぼ》れた炉棚、ぐらつく家具、すりきれたカーテンがあらわになった。月光は老人をも照らしだし、月の光によるものか、あるいは老人の恐怖と狂乱のせいなのか、老人が萎びて黒ずんだ姿になりはてながら、禿鷲の鉤爪のような手でわたしを引き裂こうと、ふらつきながら近づいてきた。まともなものは老人の目だけで、その目が瞳孔を広げて燃えあがっていたが、それも顔


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